タミフル(インフルエンザのお薬)と腎臓機能について

タミフルが、10歳代の若者に処方できるようになりました。

インフルエンザのお薬に関するニュースが飛び込んできました。

★まずは、時事通信社のネット配信記事を、抜粋改訂して引用します。
『厚生労働省は8月21日、インフルエンザ治療薬タミフルの10代への使用制限を解除した。
同日、製薬会社側にタミフルの添付文書の改訂を指示する通知を出した。タミフルをめぐっては、飛び降りなど服用後の異常行動が相次ぎ、2007年から使用を制限していた。しかし、厚労省研究班の調査などによると、インフルエンザ治療薬の服用の有無や種類にかかわらず、異常行動は発生していた。同省の薬事・食品衛生審議会の安全対策調査会は、タミフルの服用と異常行動に明確な因果関係があるとは言えないとし、他のインフルエンザ治療薬と同様に扱うべきだと判断していた。通知では、添付文書で10代に「原則として使用を差し控えること」などとしていた警告の記述の削除を指示。他の治療薬と同様、発熱から少なくとも2日間は転落などの異常行動に注意するよう、患者や保護者らに説明することを求めた。』
というのです。

■簡単に説明しますと、
「10代のインフルエンザ患者さんに発生する異常行動はタミフルというお薬が原因かもしれないので、この10年間、10代の若者がインフルエンザに罹患しても医師はよほどの理由がない限り別の治療法を選択しなければならなかったけれど、その因果関係はなさそうなので、今後は処方しても良いことになった。ただし、若者はインフルエンザ罹患時に異常行動を起こすことがあるので、今後も注意する必要がある」
ということです。

10年間もの間、若者の異常行動がタミフルによるものかどうか検証されてきました。

♦もう少し詳しい事情を、私の意見と共に書きます。
タミフルというインフルエンザ治療に効果のある薬剤が開発され上梓された時、まさに衝撃的でした。
発熱や関節痛、倦怠感などのインフルエンザの強い症状で苦しむ期間が一挙に短縮されて、「効果」を目の当たりにしたからです。
この薬が登場する以前と以降では、この病気の治療法がまったく様変わりしました。
現在では、タミフルが効かない(効きにくい)耐性インフルエンザウィルスの比率が増え、ほかにも特効薬が開発されるようになりましたが、ほんとうに世の中を変えたお薬のひとつと言えるでしょう。

●その結果、しばらくすると、ほとんどすべてのインフルエンザ患者さんがタミフルで治療されるようになりました。
一方で、インフルエンザに罹患した若者の異常行動が注目されるようになりました。踏切に突進したりマンションの階段やベランダから飛び降りるという、痛ましい事故が頻繁に報道されるようなり、「もしかすると、異常行動はタミフルが引き起こしているのではないか?」という疑念が生じたのです。だって、当時、誰もがこの薬を服用していましたからね。この事態を重く見た厚労省は、可能性がある(否定できない)と考えて、2007年から10代への処方を禁じたのでした。

♥いったん持ち上がった疑念は、10余年を要して、今年ようやく晴れたということです。
この十年間、タミフルを服用していないにもかかわらず、若者の異常行動は発生し続け、その後開発されたインフルエンザに対する他の薬剤で治療された若者にも異常行動が発生したということなのです。
急に解熱するということ(お薬が良く効いた結果)が、若者の脳に影響して異常行動をとらせることも分かってきたのです。

●今回の結果をうけても、それでもなお、タミフルへの疑念を抱き、処方しないという方針の医師もいることでしょう。
それみたことかと、今後はタミフルをより積極的に処方する医師もいることでしょう。
私は、少し慎重姿勢を崩さないでおくつもりです。家族と同居している若者に限って、異常行動を見守る環境がある場合には処方することになりそうです。

タミフルは、たとえ解禁されたとはいえ、インフルエンザに罹患した若者を周囲で見守る体制が好ましいと言えましょう。

腎臓病患者さんこそ、タミフルに注意する必要があります。

♦実は、タミフルにはもう一つ大事な問題があります。
タミフルは、腎臓機能が低下している患者さんにも、特に注意が必要な薬剤なのです。世の中には、腎機能低下患者さんに注意しなければならない薬剤が、多数ありますが、タミフルは、本当にその代表と言っても過言ではありません。

●腎機能が低下している人は、いったん吸収されたタミフルが体内に残留するために投与量や回数を減らさなければならないのです。
特に透析を受けている患者さんでは、「1カプセル」しか服用してはいけないと考えられています。
腎機能が健常な場合は、タミフルは一回に1カプセルずつ、一日二回朝夕食後)、5日間服用するのが一般的な治療法ですが、たった1カプセル服用するだけで、ウィルス増殖を抑えるのに必要な薬物血中濃度が維持されるのです。まだ透析には至っていない場合は、その状態に応じて投与量を減らす、たとえば、一日一回にする、などの対応が求められます。

♥こんな注意喚起が行き渡らない時代に、タミフルは透析患者さんにも健常者と同様に治療されることが、しばしばありました。慢性腎臓病の患者さんは、免疫力が低下しているので、インフルエンザが重症化しやすいため、特効薬としてタミフルへの期待はとても大きいものがありました。透析専門医でさえ、不注意にも薬量を減らさず治療してしまうことがありましたし、透析や腎臓病の専門でない医師は、なおさらです。
その結果(おそらくその結果)、上記の若者と似た異常行動を引き起こしたと考えられる患者さんが、たくさん認められたのです。

★私は当時三重大学医学部付属病院の透析部門の責任者をしていましたので、全国から発表される透析患者さんの異常行動の報告をつぶさに確認し、心を痛めておりました。
若者の異常行動とは異なり、透析患者さんでは、記憶障害(記憶が飛んでいる)や、見当識障害(時間や場所、人などの認識が正確でなくなる)などの報告が目立ちました。認知症のように屋外を徘徊した患者さんもいらっしゃいました。症状が異なるので、若者のそれとは別の機序が働いているかもしれません。

腎機能が低下している場合、注意を怠り過剰に投与してしまったお薬が、異常行動を引き起こす可能性があります。

■このような苦い経験から、今では、透析患者さんでは、1カプセルで十分ということになったのです。
しかし、1カプセルでもこのような異常行動を生じたとする報告も、まだ見受けられますから、透析患者さんにおいては本当に慎重に処方しなければならないと認識しています。
タミフル以外の薬剤が次々と開発されて今日では多くの選択肢があるにもかかわらず、医師のアンケート結果では、タミフルがインフルエンザ治療において依然最もたくさん処方された薬剤の地位を保っていますが、ここまで述べてきたような事情から、腎臓専門医は、タミフルよりも薬量を調整する必要がないインフルエンザ薬を好む傾向があると思います。

♥もし皆さんのなかに、推算GFRが30ml/分以下(CKDステージIV期、V期)の人がいらっしゃいましたら、インフルエンザ治療薬の量を必ず医師に確認してください。
すべての医師や薬剤師が皆さんの腎臓機能を完全に把握しているわけではありません。すべての医師や薬剤師がタミフルの薬量を減らさなければならないことを熟知しているわけではありませんから。

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今日は、タミフルが10代の若者に解禁されるという報道を受けて、腎臓病患者さんへの注意喚起をさせていただきました。
台風が来ておりますので、どうか皆様、ご安全にお過ごしくださいませ。

 

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