透析医療の功罪② 再生医療が実現したら?

再生医療で、腎は作り出せるのか?

♥3部作の第二部。前回に続いて、腎臓医の診療スタイルを少し異なった視点で見直しますが、そのために今回は「再生医療の夢」から考えてみます。

私は常々、もし再生医療で腎臓が作ることが出来るようになったら、腎臓医は何をしたら良いのだろう?って心配しています。だって、「調子の悪い腎臓は取り替えましょう」ということになるわけですから、「腎臓がこれ以上悪くならないように、養生しましょう、お薬をちゃんと服用しましょう」という我々の診療に、患者さんが耳を傾けなくなると危惧しているのです。
もちろん、私も最新の医療を習得すべく、再生医療の知識や技術を習得したいと思っていますが、ある日突然、自分たちが取り組んできた診療スタイルを一変させるような日が来るのかもしれません。

現在、iPS細胞を用いた再生医療は、まだ試行錯誤の状態ではあるものの、「網膜の病気」「パーキンソン病」などに対して「治験」が始まっています。「治験」とは、「薬になりそうな物質」や「治療に使えそうな方法や装置」を、その病気の人に投与したり実施して、安全性や有効性を調べるために行われるものです。研究段階での試験のことで、人を対象として医師によって行われたとしても、まだ「治療」ではありません。再生医療の発展が待たれますが、これが誰にも安心して受けられる医療になるまで、まだまだ、かなりの年月を要します。

少し前のことですが、文科省は、iPS細胞を用いた再生医療が、今後どれくらいの病気や臓器に研究が及んでいくかを予測した「iPS細胞研究ロードマップ」を示したことがあります。
これによると腎不全にその恩恵が訪れる順番は、最も遅くなるとされています。
神経、筋肉、血小板、角膜、網膜などが比較的早期に研究が進んでいくと予想されている一方で、これはいったいどうしたことでしょうか? 実は、腎臓の構造は、由来が異なる糸球体と尿細管と呼ばれる二つの組織が組み合わさっているために、思いのほか、臓器再生が困難とされているのです。

それでも、多くの人々の努力によって、研究は確実に進んでいます。
詳しい報告は別項に譲りますが、我が国でも欧米でも、徐々に腎臓再生に向けた研究成果が積み重なっており、将来、腎臓病で苦しむ患者さんを助けてくれるものになるにちがいありません。

ここからは、再生医療で腎臓が作ることが出来た世界を仮定した夢のような話をします。

再生医療で、自由に腎臓を作り出せたら?

こんな状況ですが、もし、再生医療で自分の腎臓が提供されたら、どれほど素晴らしいことでしょう?!
◆日本中で透析を受けている30数万人の患者さんが、透析を受けなくて済むことになるでしょう。
◆一度は移植を受けたものの廃絶してしまった人も、今度は、自分自身の細胞から作られた腎臓だから、拒絶反応に悩まされることはないでしょう。
◆愛する家族のために、今まさに自分自身の腎臓を提供しようとしている人も、それを待つことが可能となるでしょう。
◆忌まわしい臓器売買の需要は一気に消失して、中華人民共和国をはじめとする国々の黒い医療ビジネスは衰退するはずです。

そして、再生医療に必要な医療費はまだ計算することができませんが、透析医療にかかわる医療費が不要となります。一人の透析患者さんに年間数百万円、30万人で優に1兆円を超えると言われる医療費が軽減されます。30数万人の医療費が、トヨタや日産の売り上げにも匹敵するのです。

再生医療で、透析患者さんはどうなる?

実は医療制度上、透析医療は「人工腎臓」と表現されています。
語弊を恐れずに言うと、私はこの言葉に、ironyを感じずにはおれません。
制度上「人工臓器」と呼ばれるものはいくつもありますが、その中で最も世の中に浸透し、最も多くの患者さんが生命を維持し社会復帰を果たすために貢献しているのが「人工腎臓」すなわち透析医療です。
人類史上、これほど画期的な医療はあったでしょうか? しかし、不完全な治療方法であることは論を待ちません。「人工腎臓」という言葉から受ける印象とは裏腹に、実際には、患者さんに強い制約を強いてきました。透析医療が世の中に広まった頃は、それまで死を待つしかなかった尿毒症患者さんを救うことができる夢の医療であり「人工腎臓」という言葉も相応しいものであったかもしれませんが、現在では、患者さんが最も嫌う、最も受けたくない医療なのです。

すこし話題からそれますが、医学部生に腎臓学を教えていても、私も透析が多くの人を救った素晴らしい医療であることを胸を張って語ることが出来なかった。素晴らしい知識とたゆまぬ努力によって開発・発明された素晴らしい医療です。、そして、国を挙げて支えられている透析医療であるにもかかわらず・・・
複雑なこの気持ちは、いずれ、項を改めてお話ししたいと思います。

ともかく、iPS細胞によって自分の腎臓が再生され、安全にその医療が受けられるとなれば、多くの患者さんがそれを望むに違いありません。
もし仮に、患者さんたちが透析医療の制限から解放されたら、どれほど素晴らしいことでしょうか!
しかし、ここでひとつだけ釘を刺しておきたいことがあります。
多くの透析患者さんは、腎臓が悪いだけではなく、いくつもの合併症を有していらっしゃいます。その多くが、心不全、虚血性心疾患、糖尿病、高血圧、閉塞性動脈硬化症などの慢性疾患であるために、仮に透析医療から解放されたからといっても、養生が不要になるわけではないことを忘れないでほしいのです。

老婆心かもしれませんが、再生医療の結果、不摂生が祟るようなことになりはしないか、私は早くもそんなことを心配しています。
あるお薬が奏功して痛風発作を起こさなくなった患者さんが、安心(慢心)してしまった結果、数年間で完全なメタボリック症候群になってしまったことを最近のブログで紹介させてもらいました。

これと同じようなことを、心配しているのですが、捕らぬ狸の皮算用と笑われますでしょうか? 杞憂に終わることを祈っております。

再生医療で、透析医療や透析産業はどうなる?

言うまでもなく、再生医療によって自分たちの医療が必要でなくなる透析施設への影響は甚大です。
透析専門医も含めて、透析医療はチーム医療によって行われています。
透析室の医療は高い専門性を要しますので、臨床工学技士や「透析ナース」と呼ばれる看護師がたくさん働いています。数々の研修や研究会に参加して透析のための専門資格を取得している人もいらっしゃいます。
臨床工学技士資格者の就職先として透析施設が占める割合はとても大きいものがあります。彼らの就職難を懸念します。

透析医療に関わっている産業への影響も甚大です。
血液透析も腹膜透析も、医療機器の発展によって支えられてきました。
我が国の透析医療のレベルは世界一と言っても過言ではありませんが、それに貢献してきたのは、優秀な医療関係者の努力とともに、透析に必要な数々の医療機器・器具を作り出してきた日本のメーカーの努力です。
たとえば、血液を濾過する糸球体と同じ働きを持つダイアライザーは、細い細い中空糸という化学繊維で作られています。これらの器具の発展には、旭化成や東レなどの繊維メーカーが貢献してきました。
世界中の国々で、自国の工業製品だけで、安心で安全な透析医療を遂行できる国は、日本、米国、ドイツなど数国しかないのです。

透析を支える人や企業も、再生医療の進歩を固唾を呑んで見守っていることでしょう。

☘ 再生臓器を手に入れるということは、人類が不老不死に一歩近づくことを意味しています。
調子の悪い臓器は取り替えたら良いとなれば、私達は養生とか節制に励むでしょうか? ふしだらな人間になり果ててしまわないでしょうか?
腎臓内科医の常套句「ちゃんと養生しましょう」が、なんとも意味のない言葉になりはすまいか、、、

iPS細胞による再生医療が、そう簡単に自由で安全な医療に成長するかどうか、まだまだ分かりませんが、
「もし・たら・れば」の話題ばかりでしたので、とまどった読み手の方がいらっしゃいましたらご容赦ください。

さて、次回は、「透析医療の功罪」の三回目、完結編です。
もっと現実的な透析医療からの視点で私達腎臓医の医療を考え直してみます。

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