お薬が効いたから、養生されなくなったKさん・・・
♦40歳代の会社員Kさんと一緒に、ひさしぶりに奥様が同伴で外来にみえた。
検診の結果が悪かったので、心配していらっしゃるのである。
Kさんは、痛風を頻回に起こすために、数年前から尿酸値を下げる薬を服用するようになった。
治療開始以来、速やかに尿酸値が低下して、痛風の発作は一度も起こらなくなった。
とても患者さんは喜ばれて、私も嬉しかったのだが、実は、これが新しい苦難の始まりだった。
☘痛風は、皆さんもよくご存知のように、「風が吹いても痛い」と言われるほど激しい疼痛が、足の親指の付け根などに生じる病気として知られている。
(実際には、関節痛だけでなく、高血圧、腎臓病、心臓疾患、動脈硬化などの誘因となるのだが)
血液中の尿酸値が上昇すると尿酸結晶が関節などに沈着して、その結晶が時と場合によっては激しい炎症を引き起こし、その関節は赤く腫れあがり痛くて痛くて歩けないほどになる。
治療は、疼痛が激しい時は鎮痛剤が必要であるが、根本的には、疼痛の発作を繰り返さないよう尿酸値が適切に調節されなければならない。つまり、適切な食事(低プリン食)と飲酒制限が肝要な、ひとつの生活習慣病である。それでも尿酸値が下がりにくい患者さんには、Kさんのように長年にわたって尿酸値を下げる薬剤を処方することになる。
♥尿酸値が低下したKさんは、それ以来、まったく痛風が起こらなくなって、しばらくは良かったのだが、
去年、今年と、検診結果がひどく悪化してしまったのである。
問題点を列挙する。
①体重が増え、肥満(BMIが増加)となった。
②高血圧症となった。
③糖尿病になった。
④高脂血症が出現した。
⑤脂肪肝になった。
なんということだ!? 立派なメタボリック症候群が完成していた。
♠奥様はポロっと呟かれた。これがすべてを物語っていた。
『痛風が治って以来、食養生しなくなった。好き放題するようになった』と。
答えは簡単明瞭だった。
繰り返す痛風発作で苦しんでいたKさんは、尿酸値を下げる薬剤によって痛風がまったく起こらなくなると、
その結果、「それ以来、食養生をまったくしない」人になってしまったのだった。
働き盛り、昭和時代のモーレツ社員のごとく働き外食、不規則な生活、喫煙、飲酒。。。
外来で、奥様を交えて話し合い、今後「向き合うべきこと」「やるべきこと」を確認しあったところ、さっそくKさんは反省されて、食事・お酒・喫煙を改め運動すると表明して帰って行かれた。
今後、どこまでやってくださるか。ご夫婦での取り組みに期待しながら、お二人の背中を見送った。
反省すべきは誰?
診察室で反省しきりのKさんの顔を見ながら、実は私はすこしばかり元気がなかった。
私こそ反省しなければならないと考えたから。
痛風再発なければ、診察もろくにしないで、求めに応じてお薬だけ渡していた。
極端に変化してしまったKさんの生活習慣を看過した。
Kさんは極端な例ではあるが、数年間でメタボリック症候群になってしまった責任の一端は私にもある。
科学の功罪
♦ここから飛躍した話に移ることをお許しください。
私は子供の頃、「死なない薬」とか「なんでも治してしまう魔法のような薬」という話題をたびたび口にした。
親や周囲から「そんなものはない」「死なない人間なんていない」「むしろ、死ななきゃ不幸だ」と諭されてきた。
☘医療は進化し発展成長し、新しい発見によって、画期的な薬剤も開発されてきた。
本庶佑博士の業績によって、オプジーボのような薬ができて、治療困難だった肺癌の一部も助かる時代になった。
「これで肺癌が治るなら、もっと煙草を吸おう」と禁断の考えに至る人もあるかもしれない。
♥人間が本当に死ななくなったら、誰も養生しなくなるかもしれない。
腎臓病も然り。
「透析や腎臓移植はしたくない」そういう気持ちが、腎臓病患者さんの養生に向き合う原動力になっていると思う。
しかし、山中伸弥博士の再生医療によって、自分の腎臓を簡単に新品と入れ替えることが出来るようになったら、私達は養生するだろうか?
そうなったら、世の中はどんなになるのか? 医療はなにを目指して行うことになるのか?
♠果たして、医者は、まだ必要なのか? いや、それどころか、医者は医者たる義務を果たすモチベーションを維持できるのだろうか?
とりとめのないことまで夢想してしまうことになったKさんの外来診療であった。