薬袋(やくたい)とは、お薬を入れる紙袋のことです
7月に入って、とても暑い日が続いていますが、皆様、お変わりありませんか。
この暑さで、体調を崩した年配者が何人もいらっしゃって、気を揉んでいます。
さて、今日の話は、薬袋善郎(みない・よしろう)さんのことではありません(笑)。
薬袋(やくたい)です。医院や薬局で受け取る薬を入れてある紙袋のことです。
デザインは時代とともに、変わってきましたが、この紙袋に入れて患者さんに薬をお渡しするスタイルはずっと昔から引き継がれてきました。
少なくとも、我が野村医院には、50年前も薬袋を使っていた形跡があります(当時の日付が入った薬袋が遺されています)。
だから戦後はずっとこの形式でお薬をお渡ししていたことは間違いないでしょう。
おそらくは、戦前も。
諸外国ではどうなっているのか知りません。
英国や米国では、錠剤やカプセルを裸で(シートではなく)処方された数だけプラスチックの容器に入れて渡しているような印象があります(処方された経験があるわけではなくて、単なる印象です)。
長い間日本の統治下にあった東アジアの国々でも、その時代は薬袋があったと想像しますが、今もこのスタイルが存在するのか興味あります。
おっと、早くも脱線してしまいました。薬袋の歴史は、またいずれ。ちゃんと調査してから改めて書きたいです。
いつもいつも薬袋を持って来てくれる患者さん
野村医院には、当然のことですが、年配者の患者さんが多いです。
そのかなりの方々が、診察時には前回お渡しした薬袋を持参して下さいます。
そして、受け付けと同時に薬袋を係りの者に渡して下さいます。
何度も繰り返して使うので、紙の薬袋は皴だらけになっているものもあります。
内容が変更になった薬の説明を書き加えられた薬袋もあります。
破れるまで使い続けてくださる患者さんもいらっしゃいます。
若い人の感覚からしたら、ちょっと驚きかもしれませんね。
貧乏くさくも見えるでしょう。
他の医療関係者が見たら、「不潔じゃないの!?」と一笑に付されるかもしれません。
だけど、よく考えてみてください。
使い古しの薬袋の意味するもの
野村医院を引き継いで間もなく、そんな薬袋を見た私も、衝撃に近い感覚を受けました。
ポジティブな衝撃でしたけれど。
その営みに、ものすごく、愛おしさと親しみを感じたのです。
◆まず第一に、物を大事にする気持ち・「もったいない」という忘れてはならない習慣がそこにあります。
ああ、野村医院を引き継いで良かった!
当院に限らず日本中の古い医院では当たり前のようなことなのでしょうが、こんなに素敵なことはないと思いました。
◆第二に、医療施設と患者さんの間の信頼関係が、ここに現れている気がします。
空っぽの薬袋を受付で渡した患者さんは、おそらく「ちゃんと服用しましたよ」「また処方してください」というお気持ちを表していらっしゃるのです。
一方で、「これだけ余っている」「のめなかった」と言ってお持ちくださるのも、処方した医師としてはとてもありがたいことです。
薬袋ひとつにも、診療するためのいろいろな情報があることを知りました。
◆第三に、「院内処方」の意義。
「院外処方」が当たり前の大きな病院に勤めていたら、このような使い古しの薬袋を見ることはあり得なかったことでしょう。
第二のこととも関連しますが、医師と患者さんの関係が、「院外処方」で医療していた時よりも”ダイレクト”になった気がします。それだけ責任も重くなったわけですが、お薬を処方する感覚をより研ぎ澄ますべき立場だと認識するに至ったというべきでしょうか。
◆第四に、スタッフへの感謝。
野村医院のような小規模な医療施設が「院内処方」を継続するのはとても困難なことです。技術的な面でも、経営の面でも、もっともストレスの高いことなのです。
開院以来の伝統とは言え、この院内処方を現在も維持している当院のスタッフ達に感謝しています。
今日は、使い古された薬袋を見ながら、少々ロマンチックになってしまったかもしれません。
「院外処方」には、もちろん、メリットもいっぱいあります。それを非難するつもりは毛頭ありませんので、念のため申し添えます。
それでは、また。お元気で。